こんにちは。私は、東京都心で日刊新聞「世界日報」の販売店長をしています。 お勧めの「世界日報」の記事や、日々の活動や生活の中で感じた事など、何か明るい情報を発信してゆきたいと思います。
弊社刊  『文化力」を研く』
冷たい冬のような雨の降る一日でした。
くれぐれも皆様、お風邪にはお気を付け下さい。

さて、今日は弊社刊行の本の紹介です。

社長自ら編著の「文化力を研く」です。

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以下、15日の記事より、書評を転記します。


2009/11/15 11面 「読書」

『「文化力」を研く』

          木下 義昭編著

独自の文化の涵養と屹立訴え


 現在、わが国で混迷と彷徨を重ねる状況といえば、経済、あるいは政治と言うのが通り相場のようだが、文化も同様ではないだろうか。グローバル化、国際化の流れの中で、本来あるべき固有の文化が液状化し、劣化しているのだ。

 国家にとって、文化とはどのようなものなのか?

 これに関して思い出されるのは、他の欧州諸国より1世紀も早く産業革命を成功させ、「七つの大海を支配する」帝国主義国家イギリスの19世紀の思想家トマス・カーライルの次の発言である。彼は外国人からインド帝国とシェイクスピアのどちらを棄てるかと質問され、「インド帝国はいずれにせよ、いつかは滅びるであろう。しかし、シェイクスピアは滅びることはない、われわれとともに永久に存続する」と返答したのだった。これこそ、自国の文化に対する揺るぎない自信と矜持を表す姿勢である。

 ところで、本書は、国内外で目覚ましい活躍をしている芸術家・文化人による座談会・対談・鼎談・インタビュー記事であり、その内容は、音楽・彫刻・陶芸・美術・書道・日本語・衣装デザインなど、多岐にわたっている。本書の主調低音として流れているのは、わが国独自の「文化力」のかん養と屹立であり、「文化が国家の価値を示す」という言葉に集約されている。

 本書の約半分は「音楽」がテーマであり、それぞれが刺激的な内容となっているが、私には「佐渡と自然と無名異焼と――『東西の出会い』を語る」は面白かった。

 ことに、陶芸家で、人間国宝の伊藤赤水氏がドイツ系英国人の東洋学者、ドリフテ教授から日本人独特の「継承」の問題を尋ねられて、「何代も続くということは、その時代ごとのうねりがありますが、その時代のうねりを、越えてあるいは、飲み込んで続いていくわけですから、そのエネルギーというのはすごいものがあります」との返答は、わが国の芸術のみならず、武道にも通ずる「守・破・離」の姿勢であろう。

 法政大学教授・川成 洋
天皇陛下御即位二十年 謹んでお慶び申し上げます。
天皇陛下御即位二十年

謹んでお慶び申し上げます。

天皇、皇后両陛下のご安寧と

皇室の弥栄を

心からお祈りいたします。


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本日の世界日報 本紙は、
1・3・7・8・9面に、皇室関連記事が
掲載されています。

皇室と日本の文化・伝統を重んじる
弊紙ならではと言えるでしょう。

以下、3面「社説」より転記致します。


2009/11/12 3面「社説」

天皇ご即位20年

/祈りに支えられた激動の時代

皇室に新風を送られる


 陛下が昭和天皇から皇位を継承された年は、ちょうどベルリンの壁が崩壊した年であり、平成の始まりは東西冷戦の終結と重なる。世界に平和的な秩序が誕生するかと期待されたが、かえって民族・宗教紛争が激しさを増した。日本にも、国際社会の不安定要因は大きな波となって押し寄せている。

 また、社会主義経済は崩壊したものの、“勝利”した資本主義経済は暴走し、その健全さを失って、今日の経済的な混乱をもたらしている。貧富の差の最も少ない国の一つといわれる日本も、格差が大きな社会問題となっている。

 このような激動と不安定化の時代を振り返るにつけ、天皇と皇室が日本国家の礎として、また国民の心のよりどころとして存在するありがたさ、幸運を思わざるを得ない。被災地を見舞われる陛下のお姿に、被災者だけでなく、国民一人ひとりがどれだけ慰められ、勇気を得たことだろう。

 今上陛下は、新憲法下で初めて即位された天皇である。また、初めて民間から皇后を迎えられた。ご即位は皇室と日本国に新風を送り込んだ。

 その一方で浮かび上がってくるのは、125代に及ぶ皇統の歴史の中で受け継がれた伝統の重みであり、それを忠実に継承されている伝統の体現者としてのお姿である。

 天皇としての最も重要なお務めは、皇室祭祀(さいし)である。祖先を祀(まつ)るとともに、国の安寧と国民の幸福を祈ってこられた。

 そればかりか、陛下は昭和天皇のご遺志を受け継がれ、戦後50年と60年には慰霊の旅をなされ、戦没者への深い祈りを捧げられた。この激動の20年は、まさに両陛下の祈りによって支えられてきたと言える。

 もちろん多忙なご公務を精力的にこなされ、各国王族や元首との心を込めた交わりは、海外からも高く評価されている。

ご健康の問題が出てきても日々のご公務の多忙さは以前とそれほど変わっていない。側近の人たちには、陛下のご健康を十分顧慮して、ご公務のスケジュールを組んでほしい。

 両陛下は今年、めでたくご成婚50年を迎えられた。懸命に陛下をお支えする皇后陛下とそれをいたわる陛下のお姿を、直接あるいはテレビなどで拝見することは、われわれにとって何よりも大きな喜びである。

 皇族の数が少なくなり、皇位の安定的継承を心配する声も国民から上がっている。この問題に対する時、われわれがまず心掛けるべきは、陛下が国民のことを心配される時のように、真摯(しんし)に祈るような気持ちで考えることだ。

 守りたい皇室と国民の絆

 皇室を中心とした日本の国のあり方は、皇室が国家の安寧と国民の幸福を祈ってくださること、そしてそれに応えて国民が皇室の安寧と繁栄を祈る相互関係によって支えられきた。このような美風は、長い日本の伝統の中で培われてきたものだ。美風を守りつつ、皇室と国家の繁栄を祈りたい。
日米同盟/空洞化阻止に全力投球を
鳩山内閣がスタートして、2ヶ月が経過しました。
まずは無難に始動したかに見えますが、
民主党政権になって一番懸念すべき点は、
やはり外交・安全保障の分野ではないでしょうか。

以下、本日の社説より転記致します。

2009/11/10 3面【社説】

日米同盟

/空洞化阻止に全力投球を 


オバマ米大統領が13日に初来日するが、普天間問題など日米関係の基幹にかかわる懸案の先送りによって日米同盟の劣化が懸念される。鳩山由紀夫首相は日米安保体制の原点に立ち返って、日米同盟の空洞化阻止に全力投球すべきだ。
 閣内で意見の食い違い

 日米両政府は首脳会談で米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題について、結論を出さず、解決に向けての努力継続を確認するにとどめるという。一方、アフガニスタン復興支援や地球温暖化防止、北朝鮮問題などで日米の緊密な連携をアピールする予定だ。

 結構なことだが、所詮(しょせん)、日米関係の根本問題での亀裂を糊塗(こと)したにすぎない。日米安保条約改定50周年を来年に控え、日米関係の漂流が憂慮される。

 同飛行場移設問題の先送りは、首脳会談での衝突という最悪の事態を避けるためだ。他の分野での協力を前面に打ち出すことで、「友好」を演出しようとしている。

 この問題では、米軍嘉手納基地(同県嘉手納町)への統合を主張する岡田克也外相、キャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市)への移設の現行計画を支持する北沢俊美防衛相、県民の意思尊重を主張する鳩山首相と、閣内の意見が異なっている。

 日本政府の腰が定まっていないために、米政府はいら立ちと不信を高めている。「日本が決めることだ」としながらも、「最終的には、米国とどのような関係を築きたいかに懸かっている」と突き放した見解を表明している。

 問題がこじれた背景にあるのは、鳩山首相が自民党との違いを鮮明にすることを優先していることだ。だが、国民が選挙で自民党を拒否したのは内政の失敗が原因であって外交政策ではない。

 鳩山首相は「自民党は対米追従だった」として「日米関係は再検証が必要だ」と国会答弁で述べた。また、かつて雑誌論文で「日米安保は2010年をメドに抜本的に見直す」「米軍の駐留なき安保を目指す」と論じている。

 確かに対米依存が行き過ぎてはならないが、それが抑止力としての在日米軍基地に否定的であるのは問題と言える。

 米国には日本防衛の義務はあるが、日本には米国防衛の義務はない。日本には、憲法解釈を変えて集団的自衛権を行使できるようにして責任分担を高めるか、米軍基地縮小で米軍の役割を低下させるかの二つの選択がある。

 訪米したポーランドの外相はワシントンで「ロシアからの侵略の盾として、わが国に米軍を駐留させてほしい」と述べた。鳩山首相は安全保障の観点をよく考えてほしい。

 普天間現行計画で決断を

 抑止力としての在日米軍基地の存在価値を評価せず、核先制不使用を米側に求め、米軍の「核の傘」を縮小させようとする鳩山政権への米側の不信感は強い。懸案先送りは事態をさらに悪化させよう。

 鳩山首相は厳しい国際情勢の現実に目覚め、普天間飛行場のキャンプ・シュワブ沿岸部移設受け入れを決断すべきだ。
建て直そう日本・女性塾」幹事長 伊藤玲子氏の講演
今日の本紙16面に、
建て直そう日本・女性塾」幹事長 伊藤玲子氏の講演
が掲載されています。
伊藤玲子先生は、文京区のシビックセンターにて直接ご講演を
お聞きしたことがあります。
80を過ぎているとは思えないパワーを持った方で、
日本の行く末を憂える、そのご心情には感服せざるを
得ませんでした。
伊藤先生の訴えるところは、まさに正論と思います。
ますますのご活躍をお祈り致します。


2009/11/8 本紙16面 「沖縄のページ」

建て直そう日本・女性塾」幹事長

         伊藤玲子氏の講演


  itoureiko

「真正保守」の人材輩出を

「教育再生」の道断つ日教組主導教育改革

放置してきた自民党の責任重大


 民主、社民、国民新の連立政権が発足して2カ月が過ぎようとしている。国民生活第一のマニフェストを掲げた連立政権だが、国家にとって最も重要な安全保障問題では政策のブレが表面化したほか、教育問題でも先行き不透明感はぬぐい切れない。神奈川県・鎌倉市議を4期16年務め、行財政改革と教育正常化の成果を上げた伊藤玲子氏がこのほど宜野湾市で開かれた第27回世日フォーラム沖縄で「どうなるのか、鳩山政権での教育問題」と題して講演、教育現場での日本教職員組合(日教組)支配の現実を憂慮、日本再生の道は教育の正常化だと訴えた。以下は講演の要旨。 (那覇支局)

 平成元年、鎌倉市議に就任して以来、議会では主に教育問題を取り上げた。共産党市政の鎌倉市で、子供が日中遊んでいる風景を目にした。教職員組合の都合で学校が休みだという。紙切れ一枚で午後は休みにさせ、教師は有給扱いにして組合活動をしていたのだ。

 これは違法行為だ。私の学生時代、“義”という言葉が大切にされた。「義を見てせざるは勇なきなり」「義をもって利するより尊しとす」「大義に生きよ」という教育を受けた。

 女学校時代は、女子というのは国家のために役立つ子を産み育てることが使命であり、女性の誇りであり、家庭を守ることが尊いとされた。神様がこのように女性をつくったのだ。しかし、女性は最近、社会進出で働くケースが多いが、家庭で親子の間の絆や信頼がなくなれば元も子もない。国家にとって社会にとって大変な損失である。

 小学生の平和教育の子供たちの感想文をもらうと、「僕たちのおじいちゃんは人殺しをした。こんな日本は大嫌い」「中国はずいぶん我慢したと思う。かわいそうだ」といった感想文が出てきた。

 こうした教育現場を限りなく目撃して、平成6年から「教育現場での日教組支配を断ち切らなければ日本の教育は良くならないし、日本の将来は心配です」と当時の文部大臣に訴え続けてきたが、10年間無視された。

 その間、平成8年には鎌倉市の過激な性教育が週刊誌ざたになった。小学校1年生から不必要な性教育が行われている実態が明らかになった。子供が「お母さんセックスしちゃいや、お父さん嫌い」と言うのだ。しかも、「お父さんとお母さんの秘密だから、家では言ってはいけない」と子供たちに教師は言っているのだ。

 平成13年には、小学校でエイズを課題に共生をテーマに授業していた。「触ってもうつらない」「セックスでうつるが、コンドームをすれば大丈夫だ」と教えていた。こうした過激な性教育の背後にはすべて日教組がある。その結果、中学生だけでなく、今や小学生が中絶に来るようになった。しかも、みんな性病にかかっているのだ。こうした現場を地方議員がしっかり見て問題にし、放置してはならない。

 「日教組支配を断ち切ってください」と文部大臣に訴え続けて11年目の平成16年10月、中山成彬文部科学大臣が初めて真正面から受け止めてくださり、ご自身で学校現場を精力的に見に行かれた。その結果、それまでのゆとり教育をはじめ日教組主導の方針を百八十度転換して、学習指導要領を見直し、全国学力テストの実施、教員免許更新制、教育委員会の制度改革など「教育再生」への道が開かれた。

 やっと日本で「まっとうな教育」の成果を上げつつある中で、8月30日の総選挙で「社会主義的革命政権」の実現によって、民主党の参議院会長で民主党副代表、幹事長代行でもある山梨県教組出身の輿石東氏は、教育基本法をはじめ「教育再生」が取り組んできた教育の正常化をすべて破棄して日教組の教育に戻す、と公言している。

 日教組は、労働組合で成り立っている「連合」に加盟し、組織力と資金と戦略に力を発揮、民主党の強力な支持母体となり、もはや民主党の主役である。日教組の狙いは、学校を「治外法権化」し永久に支配しようとしている。本当に恐ろしいことである。これまで日教組問題を放置してきた自民党の責任は重大である。

 先の総選挙で、自民党は国政選挙でありながら、安全保障問題、憲法改正、教育問題を語らない。これらの問題は国家の基本ではないか。自民党には国家観がないのだ。一方、国会で使命感を持って活躍していた「真正保守」の自民党議員が落選した。残念でならない。

 今や、政治家は地方議員をはじめ就職先化してしまったように思う。そこで私は、鎌倉市議引退後、「建て直そう日本・女性塾」を設立した。これは、あまりにも地方議員の質が悪過ぎるので、まっとうな人材を掘り起こし、議会へ「真正保守」の人材を送ることが目的だ。

 今や国民全体のレベルが劣っていると思う。すべて戦後教育の結果である。かつて日本は、高い道徳性が諸外国から称賛され、尊敬されていた。

 それが現在はどうでしょうか。人を信じることができないすさんだ社会、子供の虐待、子殺し、親殺し、暴力事件、殺人事件が後を絶たない。これは、戦後の教育が然らしめた結果ではないだろうか。

 教育は人をつくる。その国民をつくる。そして、国民が国家をつくる。教育は国家の根幹である。日教組が存在する限り、日本の教育は良くならない。日本を守るために、これからも日教組との戦いは続く。
宗教の役割を否定する「脳科学者」
「脳機能学者」なる肩書を持ち、かつてはオウム信者の
「脱洗脳」の手助けをしたという苫米地英人氏。
彼の著書を書店などで立ち読みしながら、どうも胡散臭いなあ〜
と、思っていました。
ともあれ、「深刻化する麻薬汚染の背景に、脳科学ブーム」というのは、
一つの視点として押さえておいた方が良さそうです。


2009/10/30 4面 論壇時評

唯物論的な脳科学

神や霊を否定する研究者

「幸せ」もつくりだせる?


 前回のこの欄(9月25日付)で、深刻化する麻薬汚染の背景に、脳科学ブームがあるとした精神科医の斎藤環へのインタビュー「“クスリ天国”日本の精神分析」(「中央公論10月号)を取り上げたが、「Voice」11月号に現在の脳科学ブームの危うさを象徴する論考が掲載された。

 「話題のテーマに賛否両論! 脳科学は万能か」をテーマに、二つの論考が並んだ。「脳機能学者」の肩書を持つ苫米地英人が「自由自在に生きかたを変えられる」を、また立教大学教授の河野哲也は「道徳は『脳』に還元できない」を寄せている。

 この中で、唯物論的な脳科学者の独善性と視野の狭さを示したのが苫米地の論考。「脳と心は同じものだ」とした上で、「物理的な身体とは別に(精神の)世界があるという考え方」は、「霊(魂)の存在を肯定するオカルトである」と言い切る。

 そんな無神論の立場なのだから、当然、宗教への理解も浅薄で、「世界の主な宗教はいずれも方便として教えを説いている。心の底から信じ込んだ瞬間に、それはオカルトとなる」という。つまり、神や霊の存在は、「その人が生きている脳があるときだけ」の話という、一般の日本人に多く見られる考え方を示しているにすぎないのである。これでは学者の論考としては、敬虔な信仰を持つ人々をあきれさせてしまうだけだ。

 さらに、「現代脳科学の成果によってわれわれはいまや、脳の情報の扱い方をコントロールできるまでになっている」から、「『幸せ』をつくるだすこともできる。そのための脳の使い方は、三時間もあれば教えることができる」と強弁する。これでは「脳機能学者」とは、「脳マニア」と同義語なのではないのかと思えてくる。

 「脳の性能について、いまだ解明されていないことは数多くある」としながらも、唯物論的な一定の思考回路が出来上がってしまっているところをみると、結局、苫米地の「心」は脳についての限定的な情報によって支配されてしまっているのではないか。

 一方、現在の脳科学ブームについて、河野は子供の教育、ビジネスマンの自己啓発、高齢者の認知能力の向上など、「知的エンハンスメントへの期待」が支えていると分析する。河野によると、エンハンスメントとは「健常に働いている人間の心身の能力にバイオ工学的に介入し、生来の素質や能力を増強すること」で、この中には記憶や覚醒度を高めるために薬物を使う「スマート・ドラッグ的方法」もある。これは前回取り上げたように、深刻化する薬物汚染の背景に脳科学ブームがあるという指摘につながる見方だ。

 結論として、河野は「脳科学が、人間や社会に生じているあらゆる問題を、個人の脳の問題に還元してしまう」と、脳科学によるエンハンスメントの問題点を強調している。

 近年の脳科学の発達が著しいのは事実だが、脳全体が解明されたわけではない。

 現在の研究段階で、脳から人間の精神活動のすべてが理解できると主張する研究者がいれば、それは脳に真摯に向き合う科学者とは言い難いのではないか。