こんにちは。私は、東京都心で日刊新聞「世界日報」の販売店長をしています。 お勧めの「世界日報」の記事や、日々の活動や生活の中で感じた事など、何か明るい情報を発信してゆきたいと思います。
自民党は、「新憲法」軸に政策提示せよ
本日の社説より転記します。

下野して三年、自民党には健全野党として再興を願います。


2012/01/23 3面【社説】

 自民党大会

/「新憲法」軸に政策提示せよ


 自民党は党大会で「年内の政権奪還」を掲げる運動方針を決め、通常国会で衆院解散に追い込むと宣言した。だが、政権奪取後にどのような日本を創るのか、見えてこない。自民党が政権交代の受け皿になりきれていない理由はそこにある。党大会では4月に新憲法案を提示するとした。新憲法案を軸に保守ビジョンを改めて明確にする。それが自民党再生の近道だ。

 解散に向け戦う姿勢強調

 党大会で谷垣偵一総裁らは民主党政権の「マニフェスト総崩れ」を徹底批判した。また「通常国会での唯一の目標は政権を追い詰めて解散に追い込むこと」と訴えた。野党として政権を批判し、戦う姿勢を強調するのは当然だろう。

 だが、それだけなら自民党政権時代の野党と変わらない。問題は、「健全野党」として新たな政権構想を国民に明示できるかどうかだ。

 例えば、「消費税10%」をめぐる議論の中で「社会保障と税の一体改革」の全体像を示せと野田佳彦首相に迫っている。しかし、自民党にも同じことが言える。

 党大会では「自助自立」の精神を強調し、政権奪還へのスローガンにも据えたが、社会保障の全体像はまだ分かりづらい。2年前の参院選の「消費税10%公約」とどう整合させ、どのような社会を目指すのか、説明不足と言わざるを得ない。

 2009年総選挙で政権交代の「風」を巻き起こしたのは、ほかならない自民党だった。安倍政権時には憲法改正や教育再生といった「保守ビジョン」があったが、それ以降は曖昧になり、日本の未来像を示せず、政権交代を許した。

 だが、国民は自民党を完全に見放したわけではない。総選挙後の世論調査では7割以上の人が「立ち直ってほしい」と答えている。それには政策ビジョンを再提示することが必要だ。

 下野して3年、国際環境は一段と厳しくなっている。今年は主要国で大統領選があるほか、中国でも首脳交代があり、激動の年となる。だが、民主党政権は「無外交とも言うべき惨状」(中曽根康弘元首相)を呈している。

 そんな中、オバマ米大統領は今年初めに打ち出した新国防戦略で、「2正面作戦」を放棄しアジア太平洋地域を重視するとした。これに日本はどう対応するのか。

 防衛について曖昧で、非常事態条項すら持たない現行憲法の下で日本は生き残れるはずがない。「戦後レジーム」からの脱却は焦眉の急で、それこそ自民党の出番だと言ってよい。

 党大会ではサンフランシスコ講和条約発効60周年となる今年4月28日までに新憲法案を提示すると報告された。これは評価してよい。国家像はつまるところ憲法に明示される。新憲法案を発表し、それに基づく政策ビジョンを決定するのは、「自主憲法制定」を党是としてきた自民党らしい筋道だ。

 立党の原点に立ち返れ

 駆け引きだけの国会運営や政局のための政治、選挙のための政策は必要ない。自民党は立党の原点に立ち返って真の勝負をしてもらいたい。

新春座談会 「アジア・太平洋時代と日本の課題」
年頭の本紙において、

中曽根康弘元内閣総理大臣、松本健一前内閣官房参与、政治ジャーナリストの細川珠生氏 を迎えての新春座談会


アジア・太平洋時代と日本の課題

−急がれる憲法改正・有事に強い国づくりを


が、掲載されました。

新春座談会

社員である私が言うと自画自賛になってしまいますが、他紙の元旦号を読んでみても、「緊急事態立法による、有事に強い国づくりをすること」そして「憲法改正の必要性」といった、国のあり方の根本を問うような記事は、見られなかったように思います。

ただ今、弊社HPにて掲載中です。

>>> 新春座談会:アジア・太平洋時代と日本の課題

新春政治座談会 「3・11」後の日本の針路
今年も、弊紙「世界日報」をご愛読のほど

よろしくお願いいたします。

ご愛読者の皆様のご健勝を心からお祈りいたします。



世界日報社のホームページにて、

新春政治座談会 「3・11」後の日本の針路

が、公開されています。

東日本大震災に伴う国難をふまえ、わが国はどう対処し、また東アジアの平和と安定にどう貢献すべきか。
石破茂自民党前政調会長(衆議院議員)、政治評論家の長野祐也氏をお呼びし、憲法を軸に外交と安全保障の課題について、語り合いました。
念頭から、世界日報らしい硬派な内容となっております。

ぜひ、ご覧下さい。

>>> 新春政治座談会 「3・11」後の日本の針路

shinnsyunnzadannkai
世日クラブ講演会「日本外交のあり方―外交の現場に42年―」
以下、世日クラブ事務局からのお知らせを転記いたします。

ご愛読者の皆様の、多数のご来場をお待ちしております。




 今回は、元駐ベトナム特命全権大使、前駐OECD日本政府代表部大使の服部則夫氏を招き、「日本外交のあり方―外交の現場に42年―」と題して講演していただきます。

今、日本外交が試練にさらされています。
 政権交代した民主党政権下で沖縄・普天間基地移設問題が混迷、日米同盟関係に多大な支障をきたしました。加えて東日本大震災・原発事故の対応に追われる間隙を縫って、周辺諸国とくに中国とロシアの軍事的挑発が目に余ります。欧州金融危機をはじめとした日本経済への波及も、わが国外交の舵取りが試されています。
首相の頻繁な交代も国際社会から日本の存在感を薄める結果となっています。

 そうした厳しい状況下、国益追求の最前線に立つ外交の現場がどうなっているのか。「日本外交の実態の一部でも国民に知っていただくことはそれなりに意味の有ることかと思います」(服部氏)と、外交官トップが体験を交えて日本外交の現状と課題を語ります。皆様の多数のご参加をお待ちしております。

/////////////////////////////////////////////////////////////////
ネットからの予約申し込みの方に限り、割引価格1,500円 にて
ご案内致します。
/////////////////////////////////////////////////////////////////

お申し込みは、下記よりお願いします。

  >>> http://www.senichi-club.net/yoyaku.html <<<

※お名前(ハンドルネーム不可)メールアドレスは、正確にご記入ください。


              記

【テーマ】「日本外交のあり方―外交の現場に42年―」

【講師】 服部 則夫氏


(元駐ベトナム全権大使 、前駐OECD日本政府代表部大使)
はっとり・のりお
昭和20年福井市生まれ。同43年東京大学法学部卒、外務省入省。平成13年外務報道官、同14年駐ベトナム大使、同20年駐OECD(経済協力開発機構・パリ)日本政府代表部大使、同22年退官。現在ベトナム、インドネシアなどアジアとの経済・文化などの面での交流を行うためのオフィス・ハットリ代表。ベトナム国家最高位の友誼勲章受章。ベトナム政府直轄都市ハイフォン市特別顧問。

【日時】平成23年12月12日(月)18:00受付開始 18:30開演

【会場】〒112-0003 東京都文京区春日1-16-21
          文京シビックセンター26階スカイホール
          03(5803)1162(施設管理課)

          東京メトロ丸ノ内線、南北線 後楽園駅徒歩1分
          都営地下鉄三田線、大江戸線 春日駅 徒歩1分
          JR中央・総武線水道橋駅徒歩8分
          交通アクセス

【会費】2千円 ⇒  ネット特別割引価格 1,500円
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【主催】世日クラブ

【後援】世界日報社

【連絡先】世日クラブ事務局
〒174-0041 東京都板橋区舟渡2の6の25
世界日報社内 担当・柏木
電話03(3558)3417 FAX03(3558)3541

                                 以上

★参加ご希望の方は、下記をクリックしてお申し込み下さい。
追って、「割引きご案内状」をメールにて送信いたします。

  >>> http://www.senichi-club.net/yoyaku.html <<<

「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」
映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を見ました。(若松孝二監督 2008年)

asama sannsou


1960年代の学生運動を概観していく映像から始まり、連合赤軍内で起きた山岳ベースでのリンチ事件、そしてあさま山荘事件へと到る経緯が、連合赤軍側の立場から描かれた190分に渡る長編映画です。

以前見た「突入せよ! あさま山荘事件」は、警察側からの視点の映画であり、何故若者が山荘に立て籠もって警察と銃撃戦を行ったのか、全くもって良く分かりませんでしたが、この映画では、何故あのような事態に追い込まれたのかという内情が、その時代的背景を含めて良く理解できました。

私が生まれた1960年代の後半に、全国の大学でこのような学生運動が起きていた事に改めて驚きを感じます。

当時の優秀な学生達が武装し、国家の政策に抵抗しようとする姿は今となっては滑稽にも映りますが、彼らは世の中を良くするために身を挺して立ち上がっているつもりでいたし、また世間もそれを許容する空気が少なからず存在していたように思われます。
1970年代に入ってからは、内ゲバや武装のエスカレートなどで市民の支持は徐々に失われ、日本社会が豊かになるにつれ、学生たちは潮をひくように学生運動から遠のいていったといいます。
この映画で描かれている連合赤軍内での12名リンチ殺人事件と浅間山荘事件は、日本における左翼暴力革命運動が衰退するきっかけを作ったと言えますし、昭和の時代における大きな転換点を象徴する事件であったともいえましょう。

しかしながら、左翼思想による学生運動の残党が、今も政界・財界・法曹界・マスコミ・教育界などに存在することを良く注視していかないといけないと改めて感じた次第です。